県境

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 長野県は、新潟、富山、岐阜、愛知、静岡、山梨、埼玉、群馬の8つの県と境を接しているわけですが、「県境が、長野市北東部の一地区に過ぎない三才と何の関係があるんだろう?」と思った方、当然の反応です。確かに、現在、三才に県境はありません。ですが、三才に県境があり、分断されて二つの県に属していた時期があったのです。
 ここに掲載してある「年表」を詳細に見たことがある方は、あるいは気がついておられるかもしれませんが、明治4年(1871)7月の廃藩置県から同年11月の旧藩県廃止まで、わずか4ヶ月ほどの短い期間ではありますが、三才は長野県と飯山県に分断されていました。三才地区の幕府領が長野県の、飯山藩領が飯山県の所属とされたわけです。当時、三才の耕作地は「入会(いりあい、相給地)」がほとんどなので、土地に実質的な境界が設定されたわけではないと思いますが、県境が通っていたことにかわりはありません。
 明治初期の三才でさえ、今からは想像することも難しい「別の顔」をもっていたわけです。

 

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